快適ライブチャット研究 - 2009年06月
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2009年06月

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リンゴ・ジャムのシルシ


ゴメンナサイ、とあなたは言う。
ゴメンナサイ、もしかしたら、うまくできないかもしれない、と言う。


寸胴型のホーロー製の鍋から、白い湯気が立ち、キッチンの天井のダウンライトの光にあたると細かな水蒸気の粒が揺らめきながら換気扇へと吸い込まれていき、換気の強さを最大限にしているのに、鍋から沸き立つ馥郁としたリンゴの香りは、キッチンからダイニングまで――キッチンで料理をしているときに、ダイニングと一体型ではないと子供の面倒が見れないし、それに、つくった料理をキッチンのカウンター越しにダイニングテーブルに載せられるのは便利でしょ? とあなたは言う――を満たし、甘い香りが透明な固まりとなって鼻孔を圧迫するような密度で室内に充満する。
あなたは、湯気にあてられて火照り、額に細かい汗の粒を浮かべながら、熱心にリンゴのジャムがホーロー製の鍋のなかで煮込まれているのを見ていて、私が、まだまだ時間がかかりそう? と聞くと、リンゴ・ジャムのクツクツ、グツグツと音を立てて小さな泡が表面にゆっくりと浮き立っては消える様子から目を離さずに、もう少しかかると思う、もう大分以前に作ったきりだったから、作り方を忘れたわけではないけれど、手順がはっきりしなくて、どれくらいかかるかわからないの、と言う。


父のお母さん、あたしにとっては祖母が教えてくれたリンゴ・ジャムのレシピなの、父が身体を悪くしたときに、お医者さんから朝はご飯ではなくパンを食べるように薦められて、それでね、あばあちゃんがそういうことならって、あたしとお父さんにこのレシピを教えてくれて、うん、そう、もう随分前の話しだけれど。
皮を剥いて塩水に一晩つけておいたリンゴにグラニュー糖を混ぜてふつふつと沸騰させて煮立たせ、煮立った後にレモン汁を加えるのがミソで、と、おばあちゃんは「ミソ」という言葉をなぜか強調するから、父は、味噌を入れるものだとばっかりに勘違いして、二人でレシピを教わっているときに、一所懸命に味噌を探していたっけ、とあなたは笑う。
それから、父はリンゴ・ジャムつくりに凝ってしまって、最後の味の引き締めにレモン汁の替わりにシードルを入れるようになって、身体が悪くなって、一人でジャムが作れなくなっても、シードルを最後に忘れずに入れるように、って口を酸っぱくして言っていて、でもね、そう言った後に決まって、大切なのは上手にジャムをつくることじゃなく、美味しくなるようにって思いを込めることだ、と言っていて、何だか思い出しちゃったな、父の口調を、とあなたは言う。


そのリンゴのジャム、出来上がったらうちの両親のところに持っていってもいいかな? 分量は十分ある? と私が尋ねると、あなたはゆっくりと顔を上げて笑いかけ、大丈夫、もう、リンゴ・ジャムを食べたくないってあなたが言うくらいの量を作っているし、それに、二人だけでは、多分食べきれないかもしれないし、とあなたは言って、ねぇ、このジャムは父の大切なシルシなんだよね、と続ける。
もし、このジャムの作り方が誰かに伝わって、それがずっとずっといつまでも誰かのなかで生き続けることができたら、きっと、父も寂しくはないよね、あたしたちだけじゃなく、いろんな人に喜ばれたら、それって、素敵なコトだよね、とあなたは言う。


子供ができたら、三人で一緒にジャムをつくろう、と私は言う。
君のお父さんのジャム、美味しくなるように三人で願いを込めて、つくろう、と私は言う。


大切なのは、思いを込めて、諦めないこと、とあなたは小さな声で言う。
その気持ちはきっと、いつまでもどこかに残るから、とあなたは言う。




成熟した笑顔


雨が止んだのはいつなのだろう?
まだ、いくらか水分を含んでいるようなしっとりとした空気が肌に心地よく、いつ雨が止んだのかさえ忘れてしまう。


同学年の旧くからの友達が、今働いている仕事から新しい分野に転職することになり、金曜日から続いた雨が上がった土曜日の夜に、何人かでささやかな転職祝いをすることになった。
彼がどうしてその新しい分野に進むことになったのか、いろいろと興味もあったのだけれど、やはり、旧くからの友達同士顔を合わせると、どうしても昔のアレコレに話が流れがちにはなるわけで。まぁ、そうした思い出話に花が咲くというのは当然で、あっという間に楽しい時間は流れてしまい、結局詳しい話を聞けずじまいで、最初に入ったお店を出ることに。次のお店に向かう道すがら、たまたま彼と一緒に二人だけで歩く機会があり、いよいよ梅雨入りで今年は長いのだろうか、などと話しながら、どうして今までとは異なる新しい分野に進もうと思ったのか、その理由を尋ねると、彼はいつもの飄々とした雰囲気で少しだけ考える仕種をしてから、どうしてだろう、と私に笑いかける。


どうしてだろうね、20代の頃なら、自分にはもう少し違う可能性があるんじゃないか、とか、新しい分野で自分を鍛えなおす、とか、それらしい理由をつけられるのだろうけれどね。ちょうど、転職する際の面接でも同じようなことを聞かれて、まぁ、その時はそれらしい答えを用意していたから平気だったけれど、自分でも今さらどうしてって感じで。まぁ、結婚もしていないし家族もいないから、それも理由と言えば理由だけどね。


思慮深い彼らしい、きちんと考えながら話す言葉は耳に優しく、話している内容ほどには歯切れの悪さなどもなくて、私は、そう、とだけ答えてしまう。


うん、多分ね、今までそれなりに仕事の経験を積んで、30代になると、自由さというか自分の裁量が増えて仕事が面白くなってくる、だけど、その自由さや面白さは「今の環境」でないと発揮できないことなのか、それがずっと不思議でね。もちろん、自分に自信があるから、どこでも働くことができるということではなくて、何と言うか、経験の幅を広げたいという気持ちがあったのかもしれない。


肌に触れる気持ちよい空気のように、彼の言葉がゆっくりと身体に入り込む。私と彼とは仕事の分野は違っても、「経験の質」としては同じものを得ていたのではないか、という不思議な感覚。


君が転職をした時のことをよく覚えている。あの時もこうして何人かで集まって、まぁ、転職祝いというよりもただの飲み会だけども、楽しかったね。もしかしたら、あの時に、僕は転職しようと決めたのかもしれない。


あの時? どうして? と私は尋ねる。


君がそれまでどのような経験をしてきたのか、細かなことはわからないけれど、それらの経験を成熟させるには新しい環境が必要なんじゃないかって、そう思ったんだ。


彼は成熟した、さまざまな経験が沁みこんだ豊かな笑顔を私に向ける。飄々としているけれど温かな優しい笑顔。
私はふいにあのチャットレディーの子の可愛らしい笑顔を思い出す。男性に向けられたフェミニンで愛らしい笑顔。


チャットレディーのあの子の笑顔は、私に何を語りかけようとしているのだろうか?



アイ・ラヴ・ヒッチ!


ゴダールは『映画史』においてヒッチコックの映画を語る。


「完璧な宇宙をつくりあげた全能者、映画という閉ざされた完璧な宇宙を――」




トリュフォーやロメール、そしてゴダールといったフランスのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちが商業主義的な側面を賞揚されるヒッチコック映画の豊かな「完璧な映画」としての側面を再発見したことは、広義の「映画史」として広く認知されていることだとしても、それにしてもあの知的で完璧なカット割はどこからくるのだろう? と不思議な気分になりはするのです。


さて、ヒッチコック――
多作な映画作家としても知られるヒッチコックは、ハリウッド的な商業主義の結果として(観客の目が渇かないうちに、新しい映画を撮らなければならない、人はすぐに映画監督の名前など忘れてしまうのだから)映画を撮り続ければならなかったわけで、今日、ヒッチコックの豊かな映画群を驚嘆とともに観ることができる私たちにとっては、嬉しくもあることなのですが、それでは、ヒッチコックの映画のなかで「どの」作品が好きなのか? と問われれば、アレモコレモ、と答えに窮してしまいます。


さてさて、ヒッチコック映画――
アメリカの映画作家ハワード・ホークスがマカロニ・ウェスタンに対する皮肉として『リオ・ブラボー』を撮ったことは有名ですが、『ウィンチェスター銃73』に出演したジェームズ・スチュワートを、マカロニのお嫌いなヒッチコックがどのように思っていたのかはわかりませんし、少なくともジェームズ・スチュワートが『裏窓』の主演として起用されたことは私たちにとって何よりも嬉しいことなのだ、と言いたいわけで。


さてさてさて、ヒッチコックの『裏窓』――
物語りの主役である雑誌カメラマンのジェフは、「知的な退屈さ」を表現させるのに適任のジェームズ・スチュワートによって演じられます。ジェフは、足を負傷したことで部屋から出ることができずに、無聊を慰めるため中庭を介して向かい側のアパートをカメラの望遠レンズで眺める日々を送ります。
向かいのアパートではさまざまな人が起居し生活を送っていて、ジェフが覗いていることは誰に知られることもなく続き、そして、ヒッチコック的なサスペンスが展開するのですが。


『裏窓』を観ていて、妙な既視感に襲われるのは、そう、当然、「覗く」という行為とライブチャットとの関係です。男性会員(私も含めて)はジェームズ・スチュワートのような「知的な退屈さ」を表すことなどないのですが、女の子の生活の一部を覗き見するような感覚はひとつの楽しみとして理解できます。
もちろん、ジェフの周りに集まるグレース・ケリーのような美しき女優に「覗き」を報告しなければならない状況に陥ることなどないし、ライブチャットはひとりのひそやかな愉しみであるのですから、『裏窓』と比較することなどはできないのですが、もし、映画とライブチャットに共通点があるとするならば、それは、「緊張感の高まり」あるいは「感情の高まり」といったところでしょうか。


まぁ、ヒッチコックの映画が「完璧な宇宙」であるのと同じように、ライブチャットも「完璧な宇宙」と言えるのではないか、と凡庸な意見が頭に浮かぶのですが。


もし、ライブチャットにおける「完璧な宇宙をつくりあげた全能者」がいるとすれば、それは「誰」なのだろうか?




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