快適ライブチャット研究
FC2ブログ

Home

快適ライブチャット研究

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Comments (Close): -
  • TrackBack (Close): -

ブログ移転のお知らせ


と、言うわけで、と文頭に書くのが正しい文章の用法なのかはさておき、「ブログ移転のお知らせ」を――
移転の理由につきましては、快適ライブチャット生活研究の記事「「robots.txt によりアクセスが制限されています」というクロール・エラーとfc2ブログのまとめ」にありますので、時間のある方はご参照下さい。


と、と、言うわけで、新しいブログは「快適ライブチャット式」です、よろしくお願いします。


 快適ライブチャット式



黒衣のガール


私が「誰」であるかを証明できないように、誰が「私はチャットレディー」であることを証明できるのだろうか?
私は――あたし、わたし、あなた、君、ぼく、彼女、彼?
私を知っているのは誰?


そして、その「はじまり」は今日のことなのか明日なのか、それとも昨日のことだったのかはっきりとはわからないのだけれど、また、一日のはじまりがはじまる。
私は今日の朝は「何」を食べたのだろうか? 何を? 今日の朝に私が食べたものは、ハムエッグと昨日の残り物でつくったワカメとエビのスープと桃だった。でも、昨日? 残り物? 私は昨日の夕食に何を食べたのだろうか? 
一昨日の夕食の献立ははっきりと憶えていて、鯖の味噌煮とアサリとキャベツのレンジ蒸しと小松菜のお味噌汁、昼食は生姜焼き定食、朝食はクロワッサンと大根と水菜のサラダと牛乳、そう、一週間分のレシピをきちんとノートに書き留めておけば、思い出せずに苛々とすることもないし、それに、冷蔵庫に何が残っているのかもわかるのだから、まずは、昨日、ピーコック・ストアか紀伊國屋か西友で何を買ったのかゆっくりと「文字」として真っ白なノートに書き付ける。
――卵8個、トマト3個、キャベツ1/4個、鯛の切れ身半切れ、アサリのパック、小松菜、お醤油、桃2個、ミネラルウォーター1.5ℓ、トイレットペーパー(お徳用)
アサリ? 小松菜? それは昨日ではなく一昨日の夕食の食材ではなかっただろうか? 私は昨日の夕食に「何」を食べたのかを思い出そうとしているのに、いろいろなことがはっきりとわからなくなる、そう、大切なのは落ち着いて一つ一つゆっくりと記憶を辿ること、昨日は何曜日? 水曜日、これだけは間違いない、だって、私の勤める大学の研究室の教授が担当する「社会心理学概論」の授業のある日で、いつも配布資料やら学生の出欠席の確認をするために授業に出なければならないのだから、それだけは憶えている。
「社会心理学概論」は退屈な授業で、いつも学生の大半が教授の話しなど聞かずに睡眠の時間にあてていて、私は眠っている学生を起こす役目も任されているから、教室のなかを歩いて――教室のリノリウムの床はヒールの固いパンプスで歩くとコツリコツリと音を立てて室内に響くからイヤなのだけれど――起きなさい、と夢の中(どのような夢を見ているのだろうか?)にいる女子学生に注意をし、眠っている男子学生に対しては近くに座っている女子に「あの子、起こしてあげて」と声をかける。
「フェミニストの、ジェンダー論社会学を専門に研究している女性」だから、男子が「嫌い」なのではなく、単に、実際の生活のなかで、男性と話すことも話しかけられることも、触れることも触れられることもイヤで、それは幼い頃から今まで変わらないことだから、きっとこれからもずっとそうなのではないか、と不安になるのではなく当たり前のことのように思っていて、小学生くらいの頃から、詩ちゃんは整った大人びた顔立ちをしているから、きっと美人になるね、と周りから言われ続けていたし、自分の端正な容姿を特別に意識することはなかったけれど、正確に言えば、認識してはいて、中学、高校、大学とずっと男子からまとわりつかれてうんざりすることが多かったし、今でも学会などに行くとただでさえ「美人研究者」などと囃し立てられ苛々するし、ジェンダー論を専門にしている男子は誰も彼も自分を「フェミニスト」と思っているのに「マッチョ」な考えをもっているから、「こんなに容姿と頭脳に優れている女性と結婚できる男性は幸せだな」などと平気で口にして、「結婚はまだ? 今、お付き合いされている男性はいらっしゃるの?」などと余計なことばかり話すので、私は社会的な「付き合い」以上の会話を男性とすることは避けている。だって、ね、本当に苛々するし、バッカじゃないかって思うし、ね。


私が「アダルト・チャットレディー」であることを、精神分析学者のジグムント・フロイトが『モーセと一神教』でモーセをエジプト人であると鮮やかに読み解いたように、誰か証明することができるのだろうか?
実際の生活では男性と関わりをもつことを極端に避けているのに、インターネットを通した「男性」と話したり性的なパフォーマンスを見せたりすることが平気なのは、きっと、ディスプレイ越しの「男」が性的な欲望をもった男性であり、男性的な男性であって、存在感というか体温や匂いやその他のあらゆるものが決定的に欠如しているからで、だから私は、男性会員に画面を通して笑いかけることができる。そう、実生活ではあり得ない満面の笑みを、見せることができる、こんにちは、こんばんは、はじめまして、と。
はじめまして、と声をかけてから、私はゆっくりと身につけている黒のキャミソールの肩口の紐のあたりを物憂げに触る。男性会員が画面の向こうで何を考えて何を思っているのか、それはわからないし、当たり前のことだけれど分析したり、考えたりすることもない。私がアダルトライブチャットに登録したのは、男性に性的なパフォーマンスを提供することで対価を得られる「仕事」だったからで、男性と余計な会話をしなくとも済むし、なかには「会話」そのものをコミュニケーション・サービスの一つとして楽しむ会員がいるのだけれど、そのときは相手が女子であると想像して話しをすれば大きな精神的なストレスにはならないから、ライブチャットという仕事は私に合っているのではないか、とふと思うことがある。
ライブチャットにログインするときには、決まって黒い服を着る。真黒な、そう、webカメラの照明の光線があたっても、画面を通して奥行きのない平板な「姿」であることを強調するための、黒――コム・デ・ギャルソンの川久保怜がヨーロッパのファッションデザインに鮮烈な印象を与えた、あの「黒」を私は着る。黒はすべての光を吸収し、熱を帯びて私を気持ちよくさせる。何もかもすべてを受け入れることの、あの快楽が私に黒い服を着させることを強い、肌が透けて見えることのない黒のキャミソールやチュニックやベビードールに私は守られながら、「女になる」のではなく「チャットレディー」になる。


私を知っているのは「誰」なのだろうか?
「フェミニストの、ジェンダー論社会学を専門に研究している女性」であることを知っているの誰なのだろうか? そして、私が「ウタ」という名前でアダルト・チャットレディーの仕事をしていることを知っているのは誰なのだろうか?
私は誰? あなたは誰? 私? あなた?


そして、また、ライブチャットのはじまりのはじまりがはじまる。
私は昨日、何人の会員とチャットをしたのだろう? どのようなパフォーマンスをして、どんな会員と「何」を話したのだろう? 憶えていることは、「激しくして」と言われたこと、「もっとバイブを激しく動かして」とか、「もっともっと気持ちよくなって」とか、「もっとエロく動いて、イッテね」という文字がチャット画面に表示されていたこと、誰かが「チャットレディー」の私に向けて書いた文字――誰かによって、「私」ではなく「ウタ」に向けて書かれた文字、情報としての文字が――
私は、また、黒の服を着る。はじめまして、こんばんは、こんにちは、と、「誰か」にまた笑いかけるために。
はじめまして、ウタ、と言います、よろしくね。


アルファベットの組み合わされた単語を、私はノートに書き写す。去年の歳末に閉店した自宅のマンションから近い商店街の文房具屋で、百本まとめて購入した一本百円のボールペンは、A4のノートに文字をびっしりと詰めて書けば、三頁ほどを埋め尽くすことができるのだから、今年になって私は二百八十五頁分の文字を、どこかに書きつけたことになる。
水性のボールペンで、私はその日にチャットをした会員のハンドルネームを丁寧にノートに書き写す。アルファベットの組み合わされた「名前」は、会員の個体を識別するためのものではなく、チャットに存在した、あるいは存在していることを示す「記号」であって、ハンドルネームを見ていると、私はDNA配列の塩基を想像してしまう。四種類の記号によって無限に広がる多様な配列。
私は、昨日チャットをした会員のハンドルネームを水性のボールペンでノートに書き写す。昨日? そう、昨日は水曜日のはずで、大学の研究室から自宅に帰ってきた後、鯖の味噌煮とアサリとキャベツのレンジ蒸しと小松菜のお味噌汁を食べて、いやそうではなく、アサリと小松菜のトマトスープのパスタと鯛の酒蒸しとワカメスープを昨日の夕食に用意をしたのではなかったのだろうか? 私は昨日の夕食に何を食べたのだろう?
ノートの最後に「end」と記し、ボールペンの動きを止め、ゆっくりと昨日の献立を思い出そうとすると、一昨日のことも一週間前のこともはっきりとわからなくなり、私は「今」ノートに書いた「end」というハンドルネームの会員と昨日の最後にチャットをしたのかどうか、確信がもてなくなる。
「終わり」と「目的」という二つの意味をもつ「end」という言葉をハンドルネームにしているその会員は、私がはじめて「まともな」チャットをした相手だった。二年前、そう、それだけははっきりとしていて、成瀬巳喜男の生誕百周年記念として東京のフィルム・センターで特集上映を観た後で、私はチャットレディーになることを決めたのだから、そう、「end」という会員とはじめてチャットをしたのは間違いなく二年前のことだったはずだ。


チャットレディーとして仕事をはじめたばかりの頃、私はチャットで挨拶が必要だとは考えていなかった。コミュニケーションをとることではなく、会員は女性の性的なパフォーマンスを求めてサイトを利用するものとばかり思っていて、会員がチャットにログインしたことをパフォーマー側に知らせる機械的な音が鳴ると、私は着ている黒のキャミソールを何も言わずに脱ぎ、指で女性の性感帯と一般的に考えられている部位に触れ、擬似的なマスターベーションを画面に映す、という「パフォーマンス」を繰り返していたため、ログに反応しない私に呆れた会員はしばらく経つと無言でログアウトしていった。
挨拶をする必要がある、と私に教えたのは「end」で、会員とコミュニケーションをとろうとしない私に、どのように会話をすれば男性が喜ぶのかなどのチャットの手解きをしてくれたのもその人だった。
――女の子のエッチなところを見るためだけにライブチャットを利用している、という男性ばかりではないから、ウタさんのようなチャットを続けていると、またこの子とチャットしたいと思う男性は少ないと思うよ、残念だけどね。実際の生活で「はじめまして」と挨拶するように、二人が楽しい時間を過ごすために、チャットでも挨拶や会話はどうしても必要だから。相手の会員が何を求めているかを知るためには、コミュニケーションをとって、お互いのことを少しでも理解しようとしなくちゃいけない、そう思うけれどね。
実際の生活のなかで、仕事上の付き合いを除いてほとんど男性に「挨拶」をしたことがない私にとって、「end」の話しは興味深かった。すぐに会員が無言でログアウトしてしまうのは、私の性的なパフォーマンスに魅力がないからだとばかり考えていたため、ライブチャットでも会員とコミュニケーションをとらなければならないと知ったとき、私は憂鬱な気分になり、自分にはアダルト・チャットレディーの仕事は向いていないのだ、と痛感した。
――そんなにむつかしく考える必要はなくて、そう、たとえば、「はじめまして、ウタです、よろしくね」とか、それくらいの挨拶で十分だし、会話といっても普通に知り合いの人と世間話をするような感覚で話せば問題はないんだよ。ほら、お友達とどうでもいい話題で気軽に盛り上がる、そういう感じでね。
それから、そう、私は会員がログインすると、「はじめまして、ウタです、よろしくね」と話すようになった。


どうして私が「end」と話すようになったのか、そうではなく、チャットをしているときに「私」が「end」に話しかけたのではなかっただろうか、そう、あなたはどうして「end」という変わったハンドルネームをつけたの? と、私が話しかけたのだ。
「end」は私の質問に対して間を置かずに、素早くタイピングし、まるで最初から答えが用意されていたかのようにスムースに「理由」を説明する。
――私がこのサイトに登録したのと同じ日に、新人チャットレディーとしてサイトにログインしている君を見かけた。「新人」というのがどれくらいの期間を表しているのかはわからないけれど、私は勝手に君のことを同じ日に登録した「戦友」ではないかって思い込んだ。それで、「end」というハンドルネームをつけたんだ、君がチャットレディーを辞めるときが私にとってライブチャットそのものの「終わり」だという意味で。もちろん、はじめは冗談半分でつけたものだけれど、君とチャットをしてみて、私は間違ってはいなかった、と、今はそう思う。
「end」のタイピングする文字をきっちんと見るために、ソファ・ベッドから起き上がり前傾姿勢でパソコンに向かっていることに驚きながら、私は「戦友? あなたはあたしとおんなしなの?」と尋ね、答えが返ってくることはないと思いながらも「ねぇ、あたしは誰?」と続ける。一瞬の間があって、「end」の打つ新しい文字がログとして表示され、私はごく軽いめまいの感覚を憶える――痛みのない頭痛のような甘美なめまい。

――君は私、そして、わたしはあなた。だから、二人は戦友なんだ。

後頭部の皮膚の部分が腫れあがっているような重ったるい感じの、生理痛のときに起こる鈍い頭痛のような痛みは、ディスプレイに映し出されてかすかにゆらゆらと動いているのではないかと錯覚する文字を見続けているうちにひどくなり、バファリンとかの市販の痛み止めを飲まなければと思いながらも、夕食として胃の中で胃液と混じり合っているはずの食物が消化されずに液体のなかで転がり、咽喉の奥へと上がってきそうになるのを唾を飲み込むことで抑え、私は、カラカラに渇ききって舌と口蓋がひりついた口腔を開き、あなたは誰? と尋ねる。
空調はきちんと利いて――エア・コンディショナーの鈍い振動音が聞こえて、その音も頭痛を刺激する――いるのだし、ユニットバスの軽い引き戸はしっかりと閉めたはずなのだから、重ったるい湿った空気が室内に溢れているのはなぜなのかわからないし、外では雨が降っているのだろうか? カーテンの外の窓ガラスを雨が叩く音は聞こえないのだから、水のなかで溺れているようなこの息苦しさは私の身体の水分が外へと溢れ出そうとしているのかもしれない、と凡庸なイメージにとらわれ、短い間隔で呼吸を繰り返しながら、画面を、「end」の書いた文字が表示される画面を見つめ、見つけ続ける。

――私は君、そして、わたしはあなたになり、あなたはわたしになる。君は誰?

私は誰? 私は名前もチャットレディーとしてのハンドルネームもわからなくなり、「あたしは」と渇いた口腔からかすれた声を出し、その後を続けられずに息苦しさに目を開けていることができず、水のなかで、海のなかで、溺れて身体の重さで深く深い海底へと沈んでいくように、どこまでもどこまでも落ちていく。甘美な落下は、私の身体の力を自然と抜き、ゆらりゆらりと浮遊するような感覚を与え、閉じられていた瞼に柔らかな光線が差し、音が、シャープな音が聞こえる。
雨の音――外では雨が降っている。


コクヨのノートに「end」と記された「私」の文字を見つめ、水性のボールペンで「イコール」をそれに続けて書き足し、さらに、「uta」と書く。そして、「I」と「You」を間隔を空けて書き、間に「イコール」を加える。
「I=You」
イコールとは何? 私とあなたを結びつけるもの、それは何?


対数も関数も、微分積分も確立統計も得意だったし、もともと数学は嫌いではなかったから、問題に対してどのように論理的にアプローチし解を導きだすか、その筋道を立てて考えることも苦ではなかったはずなのに、私は簡単な数式「わたし=あなた」を解くことが出来ずにいる。「I=You」の解はきっと、「存在しない」のではなく「存在する」のだから、おそらく虚数解で、答えがないのではなく、あり得ない答えが「ある」のだ、と私は考える。
その虚数解に私は辿り着くことができるのだろうか、いや、そうではなく、あなたに辿り着くことができるのだろうか、いや、それでさえもなく、私は「わたし」に辿り着けるのだろうか? 私は誰? という問いに私は答えることができるのだろうか?
A=B、というのは、原因と結果としてのB=Aを証明しているわけではないから、と「end」は言い、それはフロイトの精神分析学? と私が尋ねると、いくらかの間があって、よくご存知で、とタイピングの文字が画面に表示される。
声など知らないのに、柔らかい、そう柔らかい言葉で――たとえば、成人してから動物虐待の性衝動にとらわれている人が、幼少の頃にトラウマになるような心的なストレスや性的な抑圧を受けていたとして、動物虐待の遠因として幼少の頃のアレコレが導き出されたとしても、それでは、幼少の頃に性的な抑圧を受けた少年少女がすべて「動物虐待者」になるとは限らない、ということをフロイトはどこかで書いていて、つまり、精神分析は「分析」の結果として原因を突き止めることができたとしても、それがすぐさま「精神的な治療」の役に立つわけではない、ということなんだよ。Aという事象の原因がBであったとしても、Bという原因を取り除けば、Aという事象が起こらないという保証はどこにもないのだから。
だから、そう、と「end」は書き、書き続ける――だから、そう、アダルトライブチャットに登録している男性のすべてが性的抑圧の解放を目的としてサイトにログインするわけではなくて、言い換えれば、私たちの性的抑圧が世の中からすべて取り除かれたとしても、そう、アダルトライブチャットサイトは必ず存在して、誰かがパフォーマンスをして、誰かがそれを楽しむ、そうした需要と供給は決して原因と結果の二元論には当てはまらないじゃないか、と思うけれど。
「end」の言葉は、私にとってはつねに虚数解で、簡単に解き明かすことができない。論理命題を単純化するために、私は「end」に尋ねる。
あなたはここで、性的な抑圧を解放しているわけではないの?
「end」は文字の、書かれた文字の官能性を十分に認識しているように、タイミングを図りながら言葉を区切り、書く――私は、性的な解放感を今まで味わったことがないんだ、アダルトライブチャットは「擬似セックス」をひとつのサービスとして提供しているサイトではあっても、そのパフォーマンスを見たからといって、自分自身の性的な興奮を解消できるのか、正直に言えば、わからない。あなたはならわかると思うのだけれど、私は実生活において、性交の経験がないんだ、残念ながら。


私は真っ白なノートに、一週間の献立でも、チャットをした会員のハンドルネームでも、「end」と話したアレコレのメモでもなく、研究成果を発表するための論文の草稿を書き始める。どこまでも続く長く息苦しい時間――正確に書くならば、一本百円で購入した百本の水性ボールペンのうちの残っている五本のなかの一本を取り出し、文字を書くときに指がすべらないように加工されたプラスチックの細かな襞状の部分を親指と人差し指でつかみ、中指で支えながら、論文という文章の息苦しさに、そうではなく、言葉を書き付けることの息苦しさに「水に溺れるように溺れ」ながら、タイトルを書きはじめる。
「ジェンダーとセックスの差異について――アダルトライブチャットにおける実践的論考」といくらか知性に欠ける――ジェンダーとセックスの差異などはさまざまに書きつくされているのだから、そう、すべての、あらゆる小説が既に書かれてしまっているように、ありふれた魅力に欠けたタイトルであることは確かなのだが――タイトルを、ボールペンが紙の上をはしる、水性の黒のインクを押し出すセラミックボールと紙とが擦れるかすかな「しゅっしゅっ」という甘美な音を聞きながら、私はゆっくりと文字を書きはじめる。ライブチャットの画面に表示される会員のタイプする文字のように、言葉の意味を相手に伝えるだけではなく、ただそこに、ポツリと真っ白な肌にひとつだけ残る虫さされの跡に似た唐突さで、単に存在するという、そう、虚数解の言葉を私は「誰かに何かを伝えるためではなく」て、言葉を、ありえない言葉をそこに存在させるためだけに、水性のごく軽い重量のボールペンで書きはじめる。


「女性性としてのジェンダーの概念ではなく、アダルトライブチャットにおいては、性的なパフォーマンスをする、つまりはセックス(性)の対象としての女性が存在し、インターネットを介した匿名性のなかで、社会性――ここでは、性別や年齢、国籍などの先天的なものだけではなく、あらゆる社会性を考慮した上で――が極端に消失または減じている状態を保持することで、オトコとオンナの性的な関係がクロース・アップされる。『女は女に生まれるのではなく、女になるのだ』というボーヴォワールのあまりにも有名な言葉を引き合いにだすまでもなく、アダルトチャットレディーは、ジェンダーという概念のなかでの女性としてサイトに登録しパフォーマンスをするのではなく、セックスとしての女になるのだ、と言える」と、私は論文のどこかで書くはずだし、書かなければならないのだけれど、ボールペンの柔らかな動きを止めて文章を頭のなかで構成していると、ふと、「end」のあの言葉が私をとらえる。
――私は実生活において、性交の経験がない
私? それとも、それはあなた? そうではなく、それは「私」であり、あたしのことなのだろうか?
「私」はゆっくりと女性性というセックスとしての「性交の経験」について思い出そうとする。私は性交の経験があるのだろうか? 今まで、性交の経験があったのだろうか?
解を求めながら、私は「黒」のコットン地のドレス風ワンピースの肩口をゆっくりとつまみ、皺を整えてから、もう一度、簡単なはずの問題を声に出して復唱する。
私は処女なのだろうか? それとも「既に」男性との性交の経験があるのだろうか?












というわけで、今回の記事は、「ライブチャット用語集・・・初めてのライブチャット入門」の管理人タクイチロゥさんが主催する企画、「第一回 読むだけでイケる官能小説コラボ」に参加させて頂くために書いたものです。


前回の「白桃のルール」とつながりのあるストーリーとなっていますので、興味のある方はそちらもお読み頂ければ、幸いです。
また、このストーリーには続きがありますので、この記事のなかで追記していきます。
おそらく、ふたつのストーリーが交わる地点で、怒濤の官能が、と、書き手も期待しています(笑)
完成までお付き合いして頂ければ、幸いです。


この記事は、官能小説コラボに参加しています。


官能小説コラボ-その1





白桃のルール


いくらか粒立った白い筋がステンレス製のシンクに落ちるグローエのキッチン用水栓の口を閉めて、黙ってないでさ、さっきのアヤちゃんの話し、イクミちゃんはどう思う? コール・アポインターだかテレフォン・レディーだかチャット・ガールだかって仕事のコト、と、母親は、一年前から同年代の女友達と通っている「スイーツのお料理教室」で先週習ったばかりという「白桃のタルト」の盛り付けられたオフホワイトの小さな陶器製の縁を、折り目の細かい白色のナプキンで丁寧に拭いてテーブルに出しながら言い、タルト生地とカスタードクリームの上にのせられた白桃がダイニングのペンダント・ライトの光線に反射してつやつやとしていて、見るともなく見惚れていると、ねぇねぇ、上出来だと思わない? はじめてにしては、って感じでさ、といかにも満足気に細い顎を少しだけ突き出し、そうだ、イクミちゃん、折角だからさ、このタルトをアヤちゃんに届けてあげてよ、どうせ(ふん、と整った鼻筋をピクリと震わせて)さ、夏季休業に入って家でダラダラとしてるなら、たまには(ふん、ふん)さ、お姉ちゃんの部屋に顔を見せに行ったって「バチは当たらない」し、ちゃちゃっと洗濯や掃除やらの家事を片付けてあげれば、「上出来」な妹って感謝されるはずだと思うよ、ねぇ、そうしなよ、と続け、白桃のタルトを早く食べたいからではなく、このところどことなく口調が母親の声色に似てきているのではないか、というかすかな不安に少しだけ苛々としながら、姉の綾に会うのはどれくらい振りになるのだろう、と郁美は考える。


「白桃のタルト」の味はともかくとして、母親のつくった料理を食べるのはどれくらい振りになるのだろうか、と、姉の綾は、小さなステンレス製のフォークを細かな透明な筋が表面に浮かんでいてぷっくりとした唇にあてて、う~ん、と一唸りし、小指と薬指の間に器用にフォークを挟んで指折り数を数えはじめ、あ、確定申告でいろいろと必要な書類をつくるために一度家に帰ったから、それ以来とすると、と閉じられていた指を開いてから、半年も経ってないんだね、と笑い、それにしてもさ、とゆっくりと白桃にフォークを刺して口元に運び、それにしてもだよ、お母さんはあたしの仕事のコト、全然わかってないんだね、そのうちさ、コール・ガールとかって言いそうだしね、と白桃を口にし、美味しい、と一声上げてから、あんたもさ、お母さんがアヤフヤなことを言っていたら、きちんと「チャット・レディー」って訂正しといてよね、恥をかくのはあたしじゃなくって、お母さんなんだから、さ、と姉は郁美の二の腕のあたりをフォークでちょっと突いて、ゆっくりと溜息をつく。
妹が久しぶりに顔を見せにきたのだし、パソコンの画面に目を凝らしている時間が長いから肩凝りがひどくて、どうも料理をつくる気分ではないし、そりゃ、あんたがつくってくれて上げ膳据え膳なら話は別だけれど億劫だから、夕食は店屋物で済ませてしまえばいいよね、外に出るのも、まぁ、女の子だから「すぐに」ってわけにはいかないし、と薄手の光沢紙にさまざまな中華料理の並んだパンフレットを無印良品で買ったタモ材の机の引き出しから取り出して郁美の前に放り投げ、好きなモノを注文していいから、と、綾は言い、夏休みっていってもどうせ(と母親にそっくりに鼻を鳴らし、イヤなところばっかり似ている)さ、あんたはバイトもせずにそうしてフラフラとしているのだから、今日はあたしの驕りでいいから、と続けてから、一人暮らしにしては埃の溜まっていないフローリングの床にごろりと横になり、ココに来てからあんたはまだ何にもしてないんだからお店に電話くらいかけてよ、という嫌みにムッとして、テーブルの上でそのままになっているケーキの小皿やら何やらを、注文する料理が決まったら流し台で洗おうと思っていたのだ、と郁美は言おうとしたけれど、折角奢ってくれると言うのだからと思い留まり、姉が気分を害さないように「お姉ちゃんはもう決まったの?」と努めて穏やかな調子――大学の心理学の授業でアシスタントをしていて、男子学生にも人気のある助手の女性(フェミニストのジェンダー論者で20代前半)が退屈な教授の話しについ眠気を誘われて机に突っ伏している女子学生に、起きなさい、と優しい声音で語りかけるのだけれど、同じ講義に出ている女友達は、ねぇ、あの人ってさ、「男」にまったく興味がないって感じだけれど、妙に艶のある声であたしたちに話しかけるよね、アレだけ整った顔立ちとスタイルだから、やっぱり男性経験が豊富なのかな、といくらか嫉妬の混じった声で話す――で言うと、さっきまで話していたのに姉はかすかに寝息を立てていて、もちろん、起きてよ、と声はかけずに、宅配中華ではなく、抽斗に覗いていたお寿司屋の型紙の薄い橙色のいくらか品の欠ける「お品書き」を勝手に取り出して、お店の電話番号を間違えないようにゆっくりと慎重に確認しながら、携帯電話のプッシュボタンを押す。
真っ赤とまではいかなくとも濃い色のイクラの軍艦巻きを人差し指と親指で柔らかくつまみ、ぷちぷちとした食感を舌で楽しみながら、新鮮で美味しいお寿司を妹が「わざと」間違えて注文をしても一言も文句を言わないし、いつもいつもというわけではないにしろ、お寿司を運んできた板場の若い男に、慣れた雰囲気でお金の支払いを済ませていたのだから、まぁ、高級な料理をたまには食べることだってあるはずで、今日がそのたまたまだったのかもしれないけれど、と郁美は、口のなかでプツプツと小さな音が鳴っているような新鮮なイクラを咀嚼しながら、軍艦にたっぷりと盛られて溢れそうになっているウニを頬張る綾を見て想像し、ねぇ、あたしさ、ちょっとインターネットでチャットレディーについて調べてみたのだけれど、と尋ねる。
インターネットでチャットレディーについて調べてみたら、いろいろなサイトで「高収入バイト」とか「安心・安全で今すぐにでも働けます」とか「誰にでも空いた時間で手軽にできる」とか「本業があっても大丈夫、ノルマはありません」とか「顔を出さなくてもOK! 誰にも知られずに秘密に働くこともできます」とか「あなたのガンバリ次第で収入はアップ! 報酬は日払いも可能です」とか、なんというか、いかにもコマーシャル・コピー的な甘い言葉が書いてあるけれど、お姉ちゃんが仕事として働いてみて、実際のトコロはどうなのかなって、と郁美が尋ねると、綾はウニをコクリと飲み込んでからゆっくりと切れ長の目を向け、う~ん、あんたさ、そういうクドクドしく説明するところ、友達の女の子からウザったがられない? まぁ、いいけれどさ、と返してから、ライブチャットサイトもそういう宣伝文句でネガティブなことは基本的に書かないだろうしね、とお寿司の桶についてきた紙製のナプキンで両手を拭き、何? あんた、チャットレディーの仕事に興味があるの? と言葉を続け、郁美が何かを答えるよりも先に、あたしはオススメしないけどね、と紙ナプキンを丁寧に四つ折りにして桶に戻し、あんたがチャットレディーの仕事をしたいって「どうしても」考えているのなら止めはしないし、働けるサイトを紹介するのは構わないけれど、と真面目な顔で言い、ひとつ溜息をつく。


どうしても、したいこととか将来のやりたいことが見つからないし、正確に言うなら「見つける」ための「モチベーションに」にも欠けていて、それは何に不自由することもなく「普通」にこれまで生活してきて、当たり前の、初めから決められていたことのように、何の疑問ももたず、母親や姉が卒業した中高から大学まで一貫の私立の女子校に入学したわけだし、特別に受験の勉強が必要のない学校なのだから、好きに使える時間がたくさんあるし、そのうちに興味のあることが見つかるだろうと漠然と考えていたら、もうあっという間に大学二年生になってしまっていて、気持ちが焦るということはないけれど、来年には就職活動をはじめなければならないし、本当は将来のことやアレやコレやを決めなければならない時期なのに、今はただただ気ままに自由に使える時間を引き延ばして「時間を稼ぎたい」という気持ちになりもし、そうした気持ちを上手く両親や姉に伝えることのできないもどかしさ、というか、内面を表現するのにぴったりと当てはまる言葉を見つけられないことにも苛々して、郁美はつい溜息をついてしまうのだけれど、八つ歳上の綾は、早く家から出て一人暮らしを希望していた――マルグリッド・デュラスがどこかで書いていた、若い娘は、自分の母親は気が狂ってる、と思う時期がある、っていうのは当たっていて、やっぱり、少しでも早く家を出たかったんだよね、あんたも何か「こうしたい」ってことがあるなら、きちんと行動しないと、ズルズルとそのままになっちゃうから、気をつけなよ、と綾は言う――から、薬学部のある国立大を志望して入学し、薬剤師の資格をとって医薬品メーカーに三年程勤務していたのだけれど、ちょっとしたことで体調を崩して――母親は精神的なストレスによるものではないか、と言うけれど――自宅療養をしなければならなくなり、はじめの一年は会社の福利厚生で休業として処理されていたものの、休業して二年目に突入する折にすっぱりと会社を辞め、自宅で働くことのできる、今のアダルト・チャットレディーの仕事をはじめて、いつまで続けられるかわからないけどね、と綾は仕事そのものは気に入っているみたいで、そういう姿を見ていると、急にかすかな不安というか「あたしは何をしているのだろう」と一人ぽっちのような気分になり、郁美はふいに軽いめまいの感覚を覚え、だから、「これから」のことを今は何も考えたくないのだ、と思い、思い続ける。


どうしても興味があるなら別だけどね、と綾は言葉を切り、既に起動していたPCのインターネットのブックマークから、チャットレディーとして登録しているサイトのトップページを開き、これが最初に男性の閲覧するページ、とマウスから手を離してディスプレイを郁美に見えやすいように動かして、黒が基調となっていてアクセントにピンク色が使われているサイトのトップページには「素人娘の過激オナニー」とか「桃尻娘の潮吹きオナニー」という男性の性的な欲求を惹きつける文字が並び、もちろんね、サイトは男性を集客するために効果的な宣伝をしなければならないから、人目を惹きやすいキャッチ・コピーを考えるものだしね、と郁美にというよりも自分自身に語りかけるように細い声で話し、いろいろな男性会員がいるから一概には言えないけれど、ライブチャットサイトはそういうことを目的にした男性を集めているから、イヤなこともたくさんあるし、男性は皆エロイことが好きとかって考える子もいるみたいだけれど、それは悪いことばかりというわけでもなくて、イイこともあるけれどね、でも、お母さんのつくった「白桃のタルト」のように甘いお話しとは言えないんだよ、残念ながら、と言い、郁美が何も答えずにいると、すぐに指先でサイトのページを閉じて、甘くはないんだよ、ともう一度繰り返す。


そうして、それから、そう、母親の「ねぇ、それで、アヤちゃんの様子はどうだった? 元気にしてた? 変わったところはなかった?」と繰り返し聞く質問に苛々しながら、「別に」と郁美はその度に答え、そんなに心配なら自分でお姉ちゃんのところに顔を出せばいいじゃない、と思いはするものの、「白桃のタルト、美味しかった、ありがとう、ってお姉ちゃんが言ってたよ」と言ったときに母親の見せる無邪気な笑顔に、余計なことを言うもんじゃないよね、と軽く自制心を働かせ、それに、「白桃のタルトだけでは何が何でもお土産として寂しいし、イクミちゃん、アヤちゃんのマンションの近くでさ、適当にコレで何か買って、もっていってあげてよ」と母親から手渡されたお金がまだ郁美の財布のなかで十分に残っている――ピーコックストアで、二人で飲むために白ワインを購入したけれど、それほど高級なものは二人とも味がわからないから、適当にショップの店員の勧めるままに「安いけれど飲みやすい」というものを買った――から、母親をイヤな気持ちにさせることもないし、と郁美は小言を控える。
イクミちゃん、あんたもそろそろ、いろいろなことを考えなくちゃいけない時期なんだよ、という母親の、「いろいろ」をゴティク体で強調するみたいな嫌みたっぷりの言葉を思い出しながら、郁美は、綾に教えてもらったアダルトライブチャットサイトのトップページにアクセスし、そう、それから、小さくボックス型に仕切られた箱のなかのゴディバのチョコレートのように並んでいる、女性の2.5×3.0センチ程度の写真画像を眺め、マリメッコのマウスを動かし開いているウィンドウをスクロールして、サイトにはどのような女の子が登録しているのだろう? とファッション雑誌に目を通すように見ていると、女性の郁美が見てもキレイでカワイイ、女性誌のモデルとかテレビのお天気キャスターとかに登場しそうな「女の人」がログインしていて、つい、そうした女の人が男性に向けて本当に「過激なオナニー」をするのだろうかと疑問に思いながら、ドキがムネムネではなく胸がチクチクと締め付けられる気持ちになり、何かから(何か? とは何?)逃げるように、サイトのページの「リロード」ボタンを押すと、一瞬の間があってウィンドウズ・エクスプローラーが情報を読み込み、ページが更新され、左上の端にハニーブラウン色のボブスタイルの髪に切れ長の大きな目が印象的な整った顔立ちの女性の画像が現れて、アレ、と郁美は、この女性の顔はどこかで見たことがあるのではないか、と記憶のなかのこんぐらがっている糸を解し、そうだ、この女の人はあたしの通う大学の「心理学」の講座で助手を務めている「フェミニストの、ジェンダー論者」ではないかな、と思い当たり、かすかに震える指でマウスを動かし、画像をクリックする。
去年の冬に学校の友達と買い物に出掛けた時に見つけた、ジル・サンダーの黒いドレス風キャミソール――大学生の、バイトもしていないあたしには高くてとても手が出せないけれど、どうしても欲しかったキャミソール――を身につけたあの女の人は、プロフィールに男性に向けた自己紹介の文章――はじめまして、ウタです。覗いてくれてありがとうございます。どんな男の人との出会いがあるのかドキドキしてます。待機中はいつもドキドキしてちょっと挙動不審かも、ですが、インした途端に笑顔であなたのことをお出迎えしますので、よろしくお願いしますね。初めはちょっとだけ人見知りするかもだけれど、ココロを許した人には、暴走ペースで話しちゃいます(笑) 話しやすいね、とかって普段から言われることが多いけれど、お話しもエッチなことも大好きなので、トークもプレイも楽しんでもらえるように、頑張ります。それと・・・ウタはちょっぴりMなので、優しく言葉で焦らされたり責められたりすると、もう、大変なことになっちゃいます(笑) 最後に、お互いに楽しい時間を過ごせればいいな、と思っています。あとあと、無言落ちは悲しくなっちゃうので、もし何かがあって落ちてしまったら、メールをもらえると喜びます。小難しいことを書いちゃいましたが、二人にとって素敵な時間になればいいな、って。いつでもお待ちしていますね――と何枚もの写真を載せていて、真っ白なベッドシーツに物憂げに横たわり、唇に右手の人差し指と親指を柔らかくあてているものや、正対した端正な顔のアップのもの、細長いすっきりとした脚のラインが強調された膝立のものなどを見ていると、ふいに「起きなさい」という言葉が小さく耳に響き、郁美はピクリと身体を震わせ、周りに聞こえてしまうのではないか、と思うくらいにドキドキと鳴っている心臓を無理矢理に手で押さえつけるように、そう、身体のなかで何かが起き出そうとしているのを抑えつけるように、淡いスミレ色の、襟元から鳩尾のあたりまでV字に大きく開かれた、細かいプリーツが全体に折り畳まれたワンピースの胸元に右手を強くあてて目をつむり、鏡を見れば真っ赤になっているだろう自分の両耳とか頬に感じる「熱」を意識しながら、左手をドレスの裾口に差し入れ、おそらく、多分、きっと、そう、「今」自分の身体のなかでもっとも熱くなっているのではないか、と恥ずかしさとともに感じるはっきりとした「熱」に驚きながら、あたしの敏感な部分がどうなっているのだろう? ということを知りたいからと理由をつけて、縁に細かなレースのついたランジェリーの生地越しに、そこをそっと中指で触れると、小さな小さな吐息が洩れ、その声にも恥ずかしくなりながら、桃の匂いのした吐息にぷつぷつと記憶が泡立ち、初体験の相手の男性が穏やかに郁美の耳元で囁いた、「君は桃の匂いと味がするね」という甘美な言葉を突然、思い出す。


ああいう男は自分の女性経験を周りに自慢気に話すタイプだから、あんたも気をつけなよ、と綾は「あたしは大丈夫だけどさ」という自信たっぷりな調子で話すから苛々するし、若くて優しい歯科医師は高校生の郁美にとっては大人で魅力的な男性に見えたのは確かで、大学生になった今なら「ああいう男にはひっかからない」はずだし、セックスが上手かったかどうかははっきりと憶えてはいないけれど、少なくとも「乱暴」にはしなかったのだから、初体験の相手としては「悪くはなかった」のだ、と郁美は考える。
親知らずを抜くために通院した歯科医の医師は、患部を見せるため、郁美に小さな子供用の手鏡――プラスチックの裏面にハローキティーのイラストが描かれている――をもたせ、白いマスク越しでもわかる穏やかな口調で、見えますか? このちょうど赤くぷっくりと腫れているところが親知らずのあたっている箇所で、出血するほど傷ついてはいないけれど、冷たい飲み物を飲んだり、何か硬い物があたると、痛いでしょう? と言い、リクライニングする治療台に座り、大きく口を開けて熟れた桃のような色をしている腫れた患部を若い歯科医師と一緒に見ていると、郁美は急に恥ずかしくなり、わかりました、と手鏡を太腿に降ろして俯き、歯科医は麻酔をするための注射器を用意しながら、シートを倒しますね、麻酔が効いてきたら親知らずを抜きますから、と言い、リクライニング・シートが完全に倒されるの待ってから郁美はゆっくりと目を閉じ、口を開けて、という穏やかな声とともに若い医師のビニール製の手袋に覆われた指が唇に柔らかく触れ、とても健康的なピンク色をした桃のような口腔だから、赤く腫れている箇所がすぐにわかりますね、それに、桃の甘ったるい匂いがする、と医師は続け、力を抜いて下さい、という言葉に合わせてゆっくりと銀色の注射器の針が郁美の患部に刺さり、麻酔剤が注入されていくのを感じながら、郁美は「私はこの人とセックスをするのではないか」と想像する。
光にあたるといくらか白っぽく見える透明な耳の柔毛を揺らすように囁かれた「君は桃の匂いと味がするね」という若くて優しい歯科医師の言葉は、性交の後の、気怠さと満ち足りた感情とが混じるフワリフワリと軽い羽毛が空気のなかを舞うような浮き立つ気持ちを愛撫し、全身にキスしてくれて、はじめてだったのに、全然痛くなかった、と郁美が若い娘らしい恥じらいで彼の胸元に頬をぴったりと寄せたまま目を合わさずに言うと、わずかにブラウンの混じる郁美の黒髪を細い指で撫でていた医師は、君の身体から桃の匂いと味がして、全身をキスで埋め尽くしたくなったんだ、と笑い、君の桃色をした敏感な部分から甘いものが溢れてくるから、と続け、郁美の太腿の間に指を柔らかく差し入れ、桃の匂い、わかる? と耳元で尋ねる。


淡いスミレ色の襟元から鳩尾のあたりまでV字に大きく開かれたワンピースの胸元から、ゆっくりと指をドキドキと波打っている左の胸の上に這わせ、張りのある乳房の形を確かめるように周囲をなぞり、手のひらの全体で乳房を掴み閉じていた目をゆっくりと開くと、ライブチャットサイトのトップページに並ぶたくさんの女性の写真が郁美を見ているようで、皮膚の表面が剥がれ落ちてしまうのではないかと思うくらいに顔が熱くなって、多くの男性から性的な視線で見られながら艶かしく魅力的なパフォーマンスをするアダルト・チャットレディーと自分自身とを重ね合わせて想像していることに、恥ずかしさよりも初体験の後の、あの浮き立つような気持ちになり、母親のつくった「白桃のタルト」の甘い味が口腔に広がって、こくりと唾を飲み込むと、もう、随分前に治療したはずの親知らずが急にチクリと痛む。
痛むのは最初だけ、とか、最初だけチクリとするかもしれない、と若い歯科医師が言ったのは、はじめての性交についてだったのか、それとも麻酔の注射のことだったのか、郁美ははっきりとわからなくなる。


それにとても時間がかかったのだし、webカメラとマイクの設定をするだけでも、綾に教えてもらわなければあれほど短時間につなぐことはできなかったはずで、あたしはマッキントッシュのことはよくわからないから、と、携帯電話で郁美にチャットをするための準備説明をするのが途中で面倒くさくなった綾は、もう、さ、明日にしなよ、今つながってもさ、誰も話し相手がいないって、と言い、とりあえず、チャットに慣れるためにも「Skype」でも試してみたら、って言ったのはお姉ちゃんなんだからさ、最後まで責任をもってよ、と郁美が反論すると、それはちょっと違うなという綾の声に合わせて通話口の向こうから缶ビール――あたしは、最近、「麦とホップ」に凝ってて、もちろん、お寿司に白ワインというのも悪くないけれど、折角なら、「麦とホップ」がお土産に欲しかったな、と綾は、サーモンのお寿司を頬張りながら言い、ピンクベージュの唇についたサーモンの脂を紙ナプキンで丁寧に拭き取る――のプルトップを開けるプシュリという音が聞こえ、試してみなよ、と言うのはさ、経験を積むという意味であって、あんたみたいに手取り足取り教えてもらっていたら、最終的には「試す」ということにならないじゃない、だからさ、「最後まで」っていうのはちょっとどうかな、と思うけれどね、と言ってからコクリコクリと喉を鳴らし、ふぅ、と一息ついてから、で、何の話しをしていたんだっけ、とこの期に及んで「空気の読めない」発言をするので郁美はいくらか苛々して、「Skype」に登録して、お姉ちゃんのトコロにアクセスできるようになったらまた連絡するから、と携帯電話を切り、あたしは機械オンチだし、だって、大学の勉強に必要なのではないか、と、デザインが気に入って購入したマキントッシュの「imac」は、レポートを書くためにワードを使ったり、eメールやらインターネット以外ではほとんど触らないのだから、あたしはチャットレディーに向いていないのではないか、と郁美は溜息をつく。
それからどのくらいの時間が経ったのかはっきりとはしないのだけれど、コットン地の黒いドルマンスリーブのV字に開いたネックカットソーを着て、肩までかかるセミロングのハニーブラウン色の髪をオールバックのようにアップにした綾の顔が画面のウィンドウに表示されると、郁美は小さな声が洩れそうになり、ピンクゴールドのグロスがまだ残っている下唇を歯で強く噛み、ふい、と顔を横に向けると、綾は、何、あんた、失礼だね、自分から連絡しといて、あたしの顔はそんなにソッポを向きたくなるほど怖いわけ? まぁ、お風呂上がりだから仕方ないけど、さ、と笑い、そんなんじゃないから、と郁美が言葉を返すと、ゆっくりとした口調で、おかえりなさい、と綾は言う。
――おかえりなさい、イクミ
はじめて、というのは誰だって緊張するものだしね、ほら、もうちょっとだけ、webカメラを意識して視線を上げてみると顔の見映えが変わるから、と綾は言いながら黒のコットン地のドルマンスリーブの裾口がもっともフレアになっている肘のあたりを摘んでもちあげ、一度画面上で視線を合わせてしまえば、そんなに恥ずかしくないから、と続ける。「はじめて」という綾の言葉に心臓がピクリと撥ね、右頬に手を当てて「ああいう男」の薄いビニル製の手袋がはめられた指の感触が唇や口腔に広がらないように小さく溜息をつき、ねぇ、お姉ちゃんもはじめてのときは緊張したの? と郁美は尋ねると、綾がアップにしたハニーブラウンの髪を指で柔らかく掻き揚げながらほんの少し首を傾げるのが見え、ああ、チャットのことではなくて、はじめて「セックス」したときのこと、と「そんなことを訊くつもりではなかった」のに、マイクを通して郁美の声が響き、そう、初体験は緊張した? と問いを重ねる。
薄い、淡いハチミツ色の照明の光が画面を染め、黒のコットン地のドルマンスリーブと空気との境界線がかすかに揺らめいているように見え、綾はゆっくりと傾げた首をもとに戻し、まぁ、あんたほど舞い上がっていたわけじゃないと思うけどね、と言い、熟れた果物に歯を立てると口腔から唇に果汁が溢れるように生まれたばかりの「恥ずかしさ」が急に郁美のなかで大きくなり、言葉を返せずにいると、白桃のタルトではないけれど、桃ってさ、ぽやぽやした透明でちょとだけ白色がかった毛が生えている皮を剥いて空気に触れた途端に、少しずつ甘ったるい白さが薄い茶色に変化していくじゃない? あれとおんなしでさ、すぐに「緊張」は解れるんだよ、セックスだって、チャットだってね、と続け、郁美が恥ずかしさとごく軽い嫉妬――嫉妬とは誰に?――を誤魔化すために、お姉ちゃんの初体験の相手ってどんな人? と尋ねると、綾は、両手でドルマンスリーブの肩口を親指と人差し指でつまんでもちあげてから離し、ファサりとコットンが白い肌に落ちると同時に、誰でもないよ、と答え、それから、誰とは言えない、その「誰」は存在しないんだから、と言った。


歳が八つも離れていたし、郁美が中学に進学する頃には既に実家を出て一人暮らしを始めていたから、綾と好きな男の子とのことや恋愛のアレコレや思春期の女の子が気になる「セックス」についてのことを話す機会などほとんどなかったし、あんたって、さ、どうしてああいう男のことを好きになるんだろうね、とか、すぐに一目惚れをする癖に一途に相手のことを想うタイプよね、とか、高校生の頃は歳上の社会人なんて好きになるもんじゃない、そのときは一度きりしかないのだから歳上の男性よりも同い年のさ、男の子と恋愛したほうがいいね、とか、冷ややかに「あんたはさ」とからかわれる以外には、まともに姉妹で恋愛相談をすることもなかったから、「大人の女性的恋愛観」だとか「セックス観」などは、女性雑誌に載っている「男の子を狙い撃つ女の子のタイミング」とか「男を見る目をとことん磨く」とか「大人の、幸福なセックス」とか「友達には聞けない女の子のセックスの悩み特集」などの知識しかなく、ごくたまに綾の住んでいる一人暮らしのマンションに遊びに行ったときに見かける『anan』や『SPUR』などのページをパラパラとめくりながら、雑誌ライターの書いた大人の女性のココロに響く文章を読んで、ふ~ん、そんなものか、と思うばかりで実体験としての恋愛観やセックス観を知ることなどなかったので、中学からの親しい同級生の友達の織恵ちゃんのお姉さん(オリエちゃんとは三つしか歳が離れていないから、大人だけれど、とっても話しやすい)が話す、エッチについてのアレコレや「男って、ほんとアレのことしか考えてないんだよね」という言葉にドキドキしながらもつい興奮していろいろと質問していたのだったし、だから、お姉ちゃんときちんと性体験のことについて話しを「今」聞きながら、もうセックスの話題に恥じらう年齢でもないのに、どうしても恥ずかしくって顔を画面から背けたくなる、と「Skype」でつながっている綾の落ち着いた顔を見ながら、郁美は考える。
薄く、ヒマワリの花びらよりもずっと淡いハチミツ色の照明と綾の着ているドルマンスリーブの濃い黒色と、コットン地のために柔らかく身体に重なる襟元から覗く真っ白な肌とが画面のなかでゆっくりと混じり、粗い解像度の映像が一瞬はっきりくっきりとして、綾の唇に縦に走る透明な線までもが見えたような気がして、郁美がコクリと喉を鳴らすと、ゆっくりと、唇が開かれる、というよりも形そのものが柔らかく変化するような自然な動きで、唇から言葉が洩れる。
あんたの訊いた、その「誰」というのは存在しないんだよ、と綾はもう一度繰り返し、存在しないというのは「いない」ということではなくて、あり得ない、ということで、答えとしては「私は男性とのセックスの経験がない」ってこと、わかる? と続け、まぁ、隠すことのほどでもないし、今までも「処女」だからって特別に負い目やら何やらを感じたことがなかったから、話すのがイヤってことでもないのだけれど、わざわざ妹に自分から話すこともないでしょう? と切れ長の目尻が軽く下がり口角を柔らかく上げていくらか笑いの混じる声で話し、郁美がゆっくりと伏せがちになっていた目線を上げると、綾のアップにしたハニーブラウン色の髪が透け、柔らかな表情やドルマンスリーブに覆われていない肌の部分が映像に溶け出し、真っ白な光が画面に溢れ、消える。
私はそのとき、何かお姉ちゃんに声をかけたのだろうか? それとも、何も言わずに画面を閉じたのだろうか? そうではなくて、私も画面のなかにお姉ちゃんと一緒に溶けてしまったのだろうか? と郁美は考え、考え続ける。


東急ハンズで母親が買ってきたジョエル・ロブションのステンレス製の果物ナイフは、柄の部分がが手のひらにフィットしやすい形状――母親は、ロブションの果物ナイフを買ってきたときに、何がいいってもちやすいことほど、ナイフにとって必要なことはないし、そう言えば、ドアや窓ノブの形は男性器をモチーフにしてつくられた、とどこかで聞いたことがあるけれど、このナイフの柄もそうなのかもしれない、と手のひらで優しくつまむ――をしているので、野菜や果物の皮むきが苦手な郁美にとっても、簡単に扱うことができるから重宝していて、コップに水を注ぐとか手を洗うなど以外で滅多に立つことのないキッチンで、ふわふわとした手触りの細かな透明な細い柔毛が皮を覆っている白桃の皮をむいていると、対面式のキッチンカウンターで肘をつきながら郁美の皮むきを見ていた母親は、何だかあぶなっかしくてちょっと見ていられないけれど、イクミちゃん、どうして急に「白桃のタルト」をつくりたい、なんて思ったの? と尋ね、気を許して言葉を発すると指を切ってしまうのではないか、とか、指に力が入って柔らかい桃の実を傷付けてしまうのではないか、と郁美が黙っていると、まぁ、お姉ちゃんが美味しいって言ってくれたものをつくってもっていってあげるなんて、上出来な妹じゃない、と、じょうできを強調しながら母親は言い、ねぇ、ちょっと、黙って見ていたけどさ、ほら、左手はもっと優しくそんなにぐっと力を入れなくてもいいんだからね、そうすると、桃を廻しにくいじゃない、と小言を続け、でも、大分上手になってきたね、と笑う。
つくり立ての、できあがったばかりの「白桃のタルト」をきれいに箱詰めにするために、母親はキッチンに備え付けの棚から適当な大きさの箱をいくつか取り出して、イクミちゃん、後はやっておくから、出掛ける準備をしてきたら、どうせ、時間がかかるんでしょ、と言い、うん、お願い、と郁美は声をかけて階段を上り、自分の部屋のベッドに横になって目をつむり、今日は何を着て出掛けるか(外は暑いから、さっぱりとした白のワンピースにしようか)とチャットレディーとしての自分のハンドルネームについて考えていると、どこかから、甘ったるい声でイクミちゃん、と呼ぶのが聞こえたような気がしたけれど、郁美はうとうとしてしまう。


それから、そう、それからどれくらいの時間が経ったのかはっきりとはしないのだけれど、郁美は横になっていた無印良品で大学の入学祝いに買ってもらったベッドから起きて、起動していない「imac」の前に座りひとつ溜息をついて、真黒な画面に向かって笑顔をつくり、ゆっくりと口を開く。
「はじめまして」と誰にともなくかけた声は室内に吸い込まれ、「おりひめ、と言います」と続けると、ふいに、綾の「桃の実は、空気に触れた途端に、少しずつ甘ったるい白さが薄い茶色に変化していくじゃない?」という言葉が耳の奥に響き、「白桃のルール」と呟くと軽いめまいの感覚を憶え、口腔のなかに桃の甘い味とかすかな鈍い痛みが広がり、頬を指で抑えると、「よろしくね」という挨拶の言葉がでなくなって、甘美な桃の甘さに息苦しくなり、目を閉じる。
――あたしの口のなかは、あの熟れた桃のように赤く赤く腫れ上がっているのだろうか? 今?――


「はじめまして、おりひめ、と言います、ひめって呼んで下さいね、よろしくお願いします。
あなたの文字として書いた願い事、あたしが叶えてあげます」














というわけで、今回の記事は、「ライブチャット用語集・・・初めてのライブチャット入門」の管理人タクイチロゥさんが主催する企画、「第一回 読むだけでイケる官能小説コラボ」に参加させて頂くために書いたものです。




この記事は、官能小説コラボに参加しています。


官能小説コラボ-その1



キスして、抱きしめて、そして、セックスして


ほんのわずかに青色がかった透明な複層ガラスのはめ込まれた大きな窓から、「弱」に設定され音がほとんど立つことのない最新式のエアコンディショナーの送風にかすかに揺れる、薄いコットン地のカーテンを通して午前中のシャープな光線が室内に射し込み、柔らかいカーペットに放り出されたままのつやつやとした光沢のあるシルバー色のミュール――新調したてのミュールを履いて長い時間歩くと疲れるし、もしかしたら、靴擦れを起こしてしまうかもしれないから、履くかどうかとても迷ったのだけれど、今日のこの〈白地に濃灰色のヒョウ柄〉ワンピースに似合うのはこのミュールしかないし、とあなたは言う――に反射し、調光を落とした仄暗い室内のなかでぼんやりとした光の溜まりをつくっていて、裏打が革製のミュールはそのまま放っておけばクセがついてしまうからきちんと揃えておかなければ、と、ふと気付き、柔らかな白い布地のカヴァーをかけたセミダブルのベッド――左右の手のひらと細身でも肉付きのよい尻をベッドについて、ふかふかして真っ白できもちいい、とあなたは言い、軽く尻をもちあげて下ろして〈スプリングの心地良さ〉を確かめる――に横になって規則的な薄い寝息を立てているあなたを起こさないように、スプリングを撓わなせずにベッドから抜け出してミュールを拾い上げると、左脚の土踏まずの真裏に位置する甲のあたりに、昨日のルームサービスで注文した「新鮮なヤリイカとイクラのカルパッチョ」のぷっくりとしたイクラの色よりもずっと濃い、明度の落ちたマゼンタ色のぽっちりとした小さな点が裏打の革に滲んでいて、ミュールを揃えてカーペットに置きながらベッドシーツからのぞくあなたのすっきりとした脚(疲れが溜まるとふくらはぎのむくみがとれなくてイヤになっちゃう、とあなたは脚をゆっくりと手でさすりながら言う)の甲に視線を向ける。
あなたの、脚の甲のぽっちりとした擦り傷に指で触れないように大きさを確かめ、ゆっくりと唇で触れ舌先でなぞると、わずかに汗の味がして、舌先が傷に触れる度にあなたはピクリとふくらはぎを震わせる。


消毒液をフロントで頼まなければならないし、起きたばかりで渇いた喉はいくらか息苦しく、内線電話と眠る前に飲んでいたシャンパンが半分ほど残っているグラスの置いてあるテーブルの近くのベッドの端に腰を下ろし、ぬるいシャンパンを口に含みゆっくりと喉を鳴らすと、ねぇ、と掠れた声が肩越しに聞こえ、ねぇ、あたしにも、それを頂戴、喉が渇いちゃった、とあなたは言い、おはよう、と声をかけて振り向き、横になったままではグラスから上手く飲めないよ、と私が答えると、ハニーブラウンの光に反射すると銀色が混じる切れ長の目をゆっくりと閉じて起き上がる素振りも見せずに、ねぇ、飲ませて、とピンクベージュのリップグロスがまだわずかに残ってつやつやとしている唇を薄く開き、シャンパングラスを唇の隙間にあてゆっくりと傾けると口の端からシャンパンが一筋の透明な線となって洩れ、あなたは溢れたシャンパンを拭うおうともせずに〈美味しい〉と言い、私が右手の人差し指で溢れた箇所を拭うと、口移しで飲ませてくれればよかったのに、と悪戯っぽく笑い、やっと上半身を起こして私の唇に触れるほど顔を近付け、あなたは唇の動きが空気の揺れではっきりとわかるほどの近さで、ねぇ、口移しで飲ませて、と言う。
柔らかな唇の質感を確かめてから舌先で上唇と下唇を薄く開くように合図し、ゆっくりと口に含んでいたぬるいシャンパンをあなたの口に流し込むと、触れている唇を通して喉を鳴らす震えが伝わり、私は唇に体重をかけてあなたをベッドに押し倒し、唇を離さずに、まだ、靴擦れの擦り傷は痛む? と尋ねると、昨日はベッドカヴァーに擦れる度にほんのちょっと痛んだけれど、もう、大丈夫、と言い、でもね、あなたがもう一度あたしの脚の傷に口付けして、イタイのイタイのトンデイケっておまじないをかけてくれれば、きっと、痛みもなくなると思う、と続ける。


〈ふたりで、そう、ふたりでシャンパンの泡立つような口付けを交わし、唾液に甘ったるい味が混じり、あなたの柔らかい舌はとても甘い味がして、ふたりの口のなかでシャンパンが完全になくなるまで、キスをするように抱きしめ抱擁をするように唇を重ねる。お互いの身体の、肌の境界線がひとつに混じり溶け合い曖昧になるほど抱擁し、ベッドシーツの間から手を入れて、指先であなたの脇腹のラインをなぞる。
声ではなく吐息が洩れてシャンパンの匂いが鼻腔をつき、私は微かに鼻を震わせたのだろうか? だから、あなたは私の鼻の頭に柔らかく唇をあてたのだろうか?〉


「ねぇ、あたしの脚の甲にキスをして」とあなたは言う。
「昨日、あなたがあたしの身体のなかでキスをしてくれなかった脚の甲」とあなたは笑う。
「まだ、残ってたの、知ってる? ねぇ、全部にキスして」とあなたは言う。
「あたしの全部に口付けして」とあなたは笑う。


〈白地に濃灰色のヒョウ柄の、前身頃と後身頃をつなぐ肩口と脇口のダーツ部分が特徴的なワンピースは、可愛らしい飾り襟がついていて襟口が狭く裁たれている〉ものだから、髪の毛が飾り襟に絡み付かないように、ローン地を傷めないように無理に引っ張らずにゆっくりと脱がしながら指先や唇であなたの身体のすみずみまで愛撫した感触と、「脱がせて」と言ったあなたの声がふいに記憶として甦り、私はベッドシーツが身体を覆っている裸のままのあなたを抱擁し、耳元で「このワンピースとミュールはとっても似合ってた」と言い、体勢を変えてあなたの左脚の土踏まずを指でつかみ、ゆっくりとぽっちりとした擦り傷に唇を近付けキスをし、舌先で触れる。
あなたに、と言葉をきり、このワンピースとミュールを身につけたあたしを見て欲しかったの、触れて欲しくて、キスして、抱きしめて欲しかったの、とあなたは言う。
ベッドシーツの生地の擦れる甘美な音とワンピースを身に着けている姿を想像しながら、裸のままのあなたを強く抱きしめると、汗の匂いに混じったボディーソープの甘ったるい香りと同時にほんの少しだけ「雨」の湿り気を帯びた匂いがして、あなたは左脚を私の両脚の間に滑り込ませ、治ったばかりの左脚の甲で私のふくらはぎやふとももを愛撫し、ぴったりと身体を押し付ける。


〈シャワー室の扉は開いていないはずだし、外では雨など降っていないのだから、この息苦しくめまいがするほどの湿り気のある空気がどこからくるのかわからないのだが、あなたは揺らめく声色で囁く〉
やっと、あたしの身体にあなたは触れてくれた、髪の毛も鼻も唇も首筋も肩も鎖骨も二の腕も肘も手の指も胸も脇腹もお腹も敏感なトコロも太腿も脹ら脛も脚の指も、そして脚の甲も――ねぇ、あたしの全部に触れて欲しいの、あたしのすべてを感じて欲しいの、わかる? あなたのなかであたしが溢れてしまうくらいに、すべてを全部をそのまま抱きしめて――


あなたはやっとここまで辿り着いた、とあなたは言う。
あたしたちがこうなること、あなたは想像してた? とあなたは言う。
キスして、抱きしめて、そして、セックスして、とあなたは言う。


あなたのキスであたしを埋め尽くして――






というわけで、今回の記事は、「ライブチャット用語集・・・初めてのライブチャット入門」の管理人タクイチロゥさんが主催する企画、「第一回 読むだけでイケる官能小説コラボ」に参加させて頂くために書いたものです。


相も変わらず、官能的な描写に欠ける文章ですが、読んで下さる皆様に楽しんでもらえれば幸いです。
それにしても、企画に参加されているブロガーの皆様の文章は読み応えがあって、驚嘆というか震撼とさせられました。

こうした企画は、文章と文章とが自然とつながるもので、書いている作者の意図していない「何かが」記事に表れるのが、何とも面白いと思った次第。
これからも、こうした企画が増えていくと素晴らしいですね。


この記事は、官能小説コラボに参加しています。

官能小説コラボ-その1



いやはや…


晴天の霹靂、というほどココロが晴れているわけでもないのですが、驚いています。
『快適ライブチャット生活研究』のページが正しく表示されなくなり、もう、いやはや、まったく、疲れるって、と、溜息をついてしまいます。


日記ブログもvicunaの同じテンプレートを使用しているのですが、ソチラはまったく問題なく正常に機能していて、HTMLやCSSを初期値に戻したり、以前使用していた、違うテンプレートを適用してみたり、と、いろいろと試行錯誤を繰り返してみたものの、修復できず…
ブラウザの問題かとも思い、safariだけではなくIEやFirefoxを試してみたのですが、結果は同じでした。
一時(午前2時半頃)、正常に表示できたのですが、朝になってみると、修復しておらず、サーバーの問題なのか何なのかわからないので、とりあえずFC2サービスに問い合わせをしています。


ただ、記事は、カテゴリー、月別アーカイヴをクリックしてもらえれば読めることは確認しました。
とりあえず、記事だけは更新しますので、お手数ですが最新の記事を読んで下さる場合には、月別アーカイヴの7月をクリックして頂ければ、幸いです。


数少ない読者の皆様には大変ご不便をおかけしますが、よろしくお願い致します。


取り急ぎご報告まで。



追記:
このほど、表示が正常に復帰しました。
一時、この「快適研究」の方も表示がおかしいとの指摘をメールで頂き驚きましたが、修復しましたので、ほっとしています。
ご心配して下さった皆様、本当にありがとうございました。



Home

ブックマーク雑録
はてなに追加
MyYahoo!に追加
del.icio.usに追加
livedoorClipに追加

ブックマークプラス by SEO対策

FC2ブログランキング
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Page Top

  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。